連載 No.59 2017年07月18日掲載

 

廃校の体育館


北海道の撮影旅行から戻ってもうすぐ5カ月になる。

長い時間を暗室で過ごし、少しずつではあるが作品が仕上がり始めている。

フィルムの現像に2カ月を費やし、その後はネガを選びテストプリント。

ちょうど版画のため試刷りのようにプリントを作りながら細部を調整し、仕上がり方を決めていく。

焼き付ける光源、薬品や印画紙などのデータがすべて決まると、本番のプリントに取り掛かる。

展示、販売のために同じプリントを何枚も仕上げるから、このあたりも版画にたとえるとわかりやすい。



このような仕事の流れは、写真のジャンルでは珍しいかもしれないが、

芸術全般からすると、それほど不思議ではないと思う。

仕上げる作品は多い年でも10点くらい。

まったく新作の生まれない年もあるから、今年はそこそこよいほうではないだろうか。



この作品は釧路市阿寒町布伏内中学校の体育館。

大きく曲げられた集成材が両側から天井を支える構造は、現代の建築のようにモダンで美しい。

木材の壁や天井は優しい色合いで、古い教会のような温かい調和を感じる。

同校は1960年に開校、2000年の廃校までの40年間に1540人の卒業生を送ったという。

60年ほどたっているが、雨漏りは少なく、床はきれいに保たれていた。



木製の窓枠、それを伝って伸びる植物、隅に置かれた傾いたピアノ、それらすべてが私には魅力的な被写体だった。

内部を片付けに来た地元の人が、近い将来取り壊されるのではないかと話してくれた。

古い建物や廃墟が好きだから、木造の校舎を見ると必ず立ち寄ることにしている。

ところが、いざ撮ろうとすると難しく、モノクロームの作品は今までに1枚も仕上がっていなかった。

今回の体育館のようにすぐに学校とわかる絵柄はもちろん、そうと気づかない静物などの作品すらない。



そうして考えてみると、学校、特に体育館はこの場所のように魅力的なものは少なくて、

飾り気のないプレハブのような建物も多い。歴史的な建造物であればともかく、

私が通った高知市内の中学校もかまぼこ形の屋根にむき出しの鉄筋でどこにでもあるような構造だった。

時を重ねても被写体としての魅力は乏しいかもしれない。



もちろん、個人的な思い出や経験に左右されて何に魅力を感じるかはさまざまだろう。

遠い学校生活の記憶をよみがえらせてくれる美しいカラー作品を目にすることもある。

あるいは、当時の生活をそのまま映し出したようなノスタルジックなモノクロ写真。

それら全てが素晴らしいと思うし好きではあるが、

それゆえに自分なりの表現を考えていると、撮影が難しくなってしまうのかもしれない。



北国の建物は雪の反射で冬のほうが明るく感じる。

3日間同じアングルで、晴れた日の午前中、天井に光が届かないぎりぎりのタイミング。

慎重にネガを選んだ。